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ディーディーブランチャード殺害事件とは?医療詐欺と娘の虐待、犯人のジプシーとニコラスの裁判判決と現在。
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こんちはニッチマンです。

 

ディーディー・ブランチャード事件をご存知でしょうか?実は以前別のテレビ局でこちらの事件を扱っていたので過去に調べた事があるんですが、再度まとめて見たいと思います。

いくつもの病気を抱えた少女、献身的に支える母、アルコール依存症でDVを繰り返した元夫、浸水した家屋から救出された哀れな親子を取材する新聞記者、交錯する人々の思い。当事者ですら気づいていなかった真実とは?一体、何が本当で、何がうそなのか。あなたはこの事件の真実を見抜けるだろうか?

2005年、ハリケーン「カトリーナ」が、アメリカ南東部に甚大な被害を及ぼす中、奇跡的に救出された親子がいた。ディーディーとその娘のジプシーだ。ジプシーは生まれつき障がいを抱えていた。計15もの病に侵され、車椅子生活を余儀なくされていた。そんな中、2人を襲ったハリケーン。なんとか救出され、避難所に身を寄せた親子の様子を新聞記者が報道したことで、2人の存在が世間に知れ渡り、支援物資や募金、一戸建てまでもが贈られた。ようやく幸せを手に入れた親子。だが、その10年後、思いもよらぬ事態が。ディーディーが自宅で殺害され、ジプシーも車椅子を残し行方不明になってしまったのだ!親子に一体何が!?衝撃の真相が明らかに!引用:アンビリバボーHP

という内容でお送りされますが、この事件、なんとも言えないんですよね。先週放送されたベンとジョエルの詐欺の話ではないですが、こういった詐欺まがいな事を行うと本当に困った人を素直に助けるのに待ったがかかりそうで嫌ですね。では早速見ていきましょう。

ディーディーブランチャード殺害事件

2015年6月14日、アメリカのミズーリ州グリーン群の保安官代理がスプリングフィールド郊外の民家で、死後数日たったディーディーブランチャードの遺体を発見する。民家はディーディーブランチャード(以下ディーディー)の自宅であった。

 

この時、彼女に介護されているはずの病気であった娘のジプシーローズ(以下ジプシー)の姿はなく、彼女に必要不可欠なはずの車椅子と薬は現場に残されていたままであった。

 

生前のディーディーの話によるとジプシーは多くの疾患を持っており、白血病、喘息、筋ジストロフィー等が挙げられ、それ以外にも慢性疾患があるとされていた。また早産の結果、彼女は脳にダメージを負い精神年齢が7歳児のそれと同じであると主張していた。

 

保安官代理に連絡が行ったのはフェイスブックに奇妙な投稿があがっていたことで近所の住民が何かに巻き込まれたのでは?と心配し通報。ジプシーは誘拐された可能性もあったとして捜査は始まった。

 

翌日になり、ジプシーの彼氏のニコラス・ゴディジョンと一緒に旅行している所をウィスコンシン州で発見され、保護されたが後に逮捕される事となる。当然この時はディーディーは悲劇の被害者であったがその後驚くべき展開を迎える。

 

警察の取り調べにより、ジプシーは成人しており、さらには母親が看病をしなければならない疾患は皆無であった事がわかった。この発表を期にジプシーがディーディーにされていた事が露わになり、世間の注目はジプシーへの同情に変わっていく。

献身的に支えていたはずの母、ディーディーが娘ジプシーに行っていた事とは?

逮捕後の事情聴取などから事件の全貌が見えてきた。ジプシーを診察した医師は、彼女が今までうったえていた疾患がないと主張した。このことから母親のディーディーは代理ミュンヒハウゼン症候群の疑いがあると疑われた。

 

ミュンヒハウゼン症候群は、親や親しい友人から同情や注目を集める為に病気誇張や虚偽、捏造などを行ってしまう精神障害のこと。代理ミュンヒハウゼン症候群はその対象が自分ではなく、ほかの誰か、つまりこの場合は娘のジプシーがその役を担う事になっていた。

 

ディーディーはジプシーに幼い頃の格好をさせ、障害者や慢性疾患に苦しむフリをさせ続けた。嘘を真実にする為にしなくても良い医療行為、手術や投薬などを受けさせジプシーを支配していた。

 

その呪縛から解き放たれる為にジプシーがディーディーを彼氏と共謀して殺害した。というのがこの事件の真相である。

ディーディー・ブランチャードとジプシーブランチャードの生い立ち

ディーディー・ブランチャードの生い立ち

ここで2人の生い立ちを見てみようと思う。ディーディーは1967年にルイジアナ州のチャックベイでクラウディン・ピトルとして生を受ける(途中で改名してる)。

 

出生地の近くの街であるゴールデンメドウの街で家族と共に育ち、5人の兄弟がいた。幼少期から彼女は手癖が悪く、なにかストレスがかかると容易に窃盗をしていた悪ガキだった。

 

成人して間もない頃は看護師の手伝いとして働いていた。また兄弟からは彼女が実の母親の殺害に関与しているのでは?と疑惑を持たれていた(毒殺された?)

 

ディーディーは24歳の時に当時17歳のロッド・ブランチャードとの間に子供をもうけた(訳した所こう書いてあった)。娘の名前はジプシー・ローズ。

 

1991年に入り、この関係は間違っていると弟のトッドが気づき別居を始める。ディーディーは復縁を迫るロッドはこれを拒否。そしてディーディーは娘を連れて彼との関係を終えることになる。

ジプシー・ブランチャードの生い立ち

別れたとはいえ、まだ娘との関係を持っていたトッドの証言によると、ジプシーは生後3ヶ月の頃から睡眠時無呼吸症候群の疑いがあるとディーディーが病院に連れて行く様になる。

 

この頃から何かに着けてはディーディーがジプシーが病気なのでは?と病的な発想を持つようになっていったと感じていた。

 

ジプシーが7、8歳くらいの頃に祖父とバイクに乗っていた時に事故にあう。この時に膝に擦り傷をおうのですがこの傷が完璧に治療されるには何度も手術が必要とディーディーは主張。この事故以来、ジプシーは健康でありながら車椅子生活を強いられる事になった。

 

ジプシーはスペシャルオリンピックスのイベントによく参加しており、2001年には実際は10歳だったが、8歳児として参加していたニューオーリンズのマルディグラの子供向けパレードで名誉女王に選ばれた。

 

彼女は小学2年生の時には学校へもう行っておらず、読み書きはハリーポッター等を読み独学で覚えた。

ディーディー・ブランチャードの殺人未遂と思わしき事件

ディーディーは父親とその再婚相手の元にジプシーと共に身を寄せた。この時ディーディーは継母に対してラウンドアップの混ざった食事を提供していた疑惑が持たれていた。

 

同時期にディーディー自身も慢性的な病気であると主張しだす。さらに偽の小切手を発行して逮捕されるなどの犯罪行為も犯している。そしてジプシーの扱いについて成果であるピトレ家の面々ともめて、上記の継母毒殺疑惑を持ち出されるとジプシーと一緒にスリデルの街へと向かった。

ディーディーとジプシーの生活

スリデルへと移った2人の生活は楽なものではなく、ジプシーの病状の嘘の申告をして生活保護を受けていた。この時、主張してる病状の中で筋ジストロフィーの症状がない事はこの時点で怪しまれていたが、他の病気に関しては認められ生活保護が受けることができた。

 

ジプシーの病気は数ヶ月ごとに発作があると医師に主張すると抗発作薬が処方された。この間、ちょっとした怪我や病気でもすぐに医者にかかり手術を受け、何かある度にジプシーは救急治療室に連れて行かれた。

2005年ハリケーンカトリーヌ襲来

この出来事が大きく2人の人生を左右する。2005年の8月に記録的ハリケーン『カトリーヌ』がスリデルの街を襲う。なんとか一命をとりとめた2人だがアパートに住むことはもはや不可能なほどの被害を受けており、コビントンにある避難所へと身を寄せていた。

 

このハリケーンでジプシーに関する出生記録や医療記録は流されてしまった。その後、2人は医師の提案によりジプシーの故郷であるミズーリ州への移住を決めた。

 

2人はミズーリ州の南西部にあるオーロラと言う街に最初移住した。2008年になると支援団体であるハビタット・フォー・ヒューマニティは2人にスプリングフィールド北部で行っていたプロジェクトの一貫で車椅子に対応した小さな家を与える。

 

これはハリケーンカトリーヌの襲撃によって住む所をなくした重度の障害を持つシングルマザーとしてメディアに取り上げられた事による。

 

支援の中には多くの慈善事業の寄付も含まれており、医師にかかる為のカンザスシティまでの航空券やディズニワールドの招待券、ミランダ・ランバートのスペシャルチケットなどをメイク・ア・ウィッシュ財団をとうして受け取っていた。

 

また、この頃にはロッドからも月に1200ドルの養育費やプレゼントを送っていた。(この時、ロッドは電話をしたりもしていたがその電話で本当のジプシーの年齢を言わない様にとディーディーに釘を刺していた)

 

しかし、養育費などの援助を受けながらもディーディーは周りの人間に対し、ロッドはヤク中でアル中、ジプシーの健康に無関心で養育費も払わないと吹聴していた。

 

ジプシー・ローズ・ブランチャードの姿とディーディーの支配

ここでジプシーがどのような姿であったかについて触れてみる。ジプシーは身長が150センチ程度で、過去の手術や投薬の影響か、歯はほとんど抜け落ち、大きなメガネをして高く子供のような高音の声の持ち主だった。

 

多くの人物がその様相から『母親の証言通りの障害のある子』という認識をしていた。ディーディーはジプシーの髪の毛を定期的に剃り上げ、化学療法による脱毛症状を演出していたりもした。

 

ディーディーはジプシーを支配する為に常に監視をしており、メディアに出る際にはうかつな事を喋らないようにするため、常に手を握り、例えば実は病気ではないなどを示唆する言動があると手を強く握りしめられて牽制されていた。

 

その後、言うことを聞かなかったジプシーに対して平手打ちなどの折檻を行っていた。

 

ディーディーによる障害者の演出は過度を極めた。唾液腺の一部にボトックス注射を施し、唾液が出やすくする為に歯を抜き去った。また耳の感染症の演出の為に(もちろん偽装)チューブを埋め込まれていた。

ディーディー・ブランチャードの詐欺行為

当然、あまりに不自然な検査結果も出ることもあった。その為医師の一部は疑いを持つようになる。血液検査の結果では正常な値を示すのだから当然といえば当然。この筋ジストロフィーは嘘の可能性が高い事を示していた。

 

そこでジプシーが幼少期に世話になったニューオーリンズの医師に連絡を取ると驚愕の事実が判明する。これによりこの医師はディーディーの嘘を完全に疑い、その事を察したディーディーは彼のもとへジプシーを連れて行くのを止めた。

 

その後、医師はディーディーの福祉サービスへの報告してフォローをしないようにした。ジプシーとディーディーについては他の医師からは『ゴールデングローブ』として扱うように言われていた(なにかの隠語?)

 

2009年入ると匿名の通報により、ディーディーによるジプシーの病気の報告は虚偽である証拠として、自分と娘の名前と生年月日を各書類に応じて使い分けているという情報が入る。

 

これについてはディーディーは別れた暴力夫であるロッドが自分たちを見つけにくくする為にあえて誤った情報を使用したと主張。警察もこれを受け入れ、詐欺の立件はこのときは流れてしまう。

ジプシーの成長と自立心による支配からの脱却

幼少期ならまだしも、成長してくるとやはり自立心が芽生え始める。明らかにおかしい母の行動に不満を覚えはじめた。2001年以降、ジプシーはSFやファンタジーのコンペに参加していた。2011年のイベントではSNSで知り合った少年とホテルの一室にいる所を母親に発見される。

 

この時ディーディーはジプシーに対し、ネットを繋げないようにする為、彼女のPCをハンマーで叩き割り『次したらおまえの指もこうするぞ』と脅し、2週間もの間鎖でベッドに縛り付けた。

 

更に警察に『ジプシーは精神的に無能である』と主張して、生年月日を偽った書類を提出すると話した。これは本当の生年月日を伝えても精神疾患で情報伝達ができないから取り合わないでくれと言う事を警察に伝えたものだった。

 

この出来事からジプシーは警察に行っても無駄と思うようになった。

 

2012年になると再びPCは解禁になったのかウィスコンシン州ビッグベンド出身の青年、ニコラス・ゴディジョンとSNSで連絡を取るようになる。彼は公然わいせつ罪の前科を持ち、解離性同一性障害や自閉症の疑いがあるとの精神疾患の既往歴があった。

 

2014年になり、親密な間柄になったジプシーは、彼に好意を寄せるようになっていた。駆け落ちし、子供の名前までも妄想していた。

 

2015年になるとついにジプシーとニコラスは行動にでる。ジプシーがニコラスにあう計画を実行に移す。ディーディーとジプシーが映画館に行った時に偶然を装い出会い、肉体的な関係を持ち、その後にディーディーに紹介するというなんとも荒唐無稽な話だ。そしてついにディーディーの存在が邪魔となり2人は犯行計画を立てる。

ディーディー・ブランチャード殺害

2015年の6月、ニコラスは嘘の診察で外出していた時に街に到着した。その後、ディーディーが寝静まった頃合いを見て住居に向かった。中からジプシーが鍵を開けニコラスを迎え入れた。

 

そしてジプシーはガムテープ・手袋・ナイフをニコラスにわたし、ディーディー殺害を促した。

 

ジプシーはバスルームに隠れ、ディーディーの断末魔が聞こえないように耳を塞いだ。ニコラスの手によってディーディーは刺殺される。

 

その後、スプリングフィールドの街のモーテルに2人は逃げ込み、移動計画を練りながら数日間過ごした。ジプシーはなんとか逃げ切れないかをずっと考えていた。

 

凶器をニコラスの家に郵送しバスに乗って移動した、その時目撃者がおり、ジプシーはブロンドのかつらを着用していた。

捜査と逮捕

冒頭の通り、事件の捜査はフェイスブックの投稿から始まる。どこかいつもと雰囲気の違う投稿があり、ディーディーの友人が不審に思い、電話するも出ない。彼女たちが車椅子用に改造した車も車庫にあり外出したわけでもないので911に連絡し、警察による捜査が始まる。

 

家にはジプシーに必要とされる薬や車椅子が放置されていた。これを見てすぐにディーディーの葬儀費用やジプシーの医療費を賄う為の基金が設立された。これは母親を亡くした少女に対する善意からの基金であったがことごとく裏切られることになる。

 

ディーディーの家に集まっていた人物の一人がニコラスの存在を知っていた。保存されていたアカウント履歴などの中にニコラスの名前を確認すると警察はディーディーのフェイスブックが投稿された時の発信者のIPアドレスをしらべるとウィスコンシン州であることがわかった。

 

翌日、ウォーケーシャ軍の警察がニコラスの自宅を家宅捜査。ジプシーとニコラスは共に自主し、殺人と武装犯罪の容疑で身柄を拘束された。

 

ジプシーの無事はいっときスプリングフィールドに安堵の声をもたらしたが、すぐに彼女たちの起こした事件の顛末が報道され、病気は自演だったこと、その自演が母親によってもたらされた事、そしてその母親を殺害したことが報じられました。

 

ジプシーに対して同情する人も多数おり、彼女への寄付を行う者もいたが警察は詐欺に当たる可能性があるので寄付をしないように促した。

ジプシーとニコラスの裁判と判決と現在

十分情状酌量の余地のありそうなジプシーの境遇がこの裁判を大きな注目野間とにしました。もはや通常の尺度では推し量れないジプシーに対する酌量の余地は本来なら死刑相当にあたる罪状をニコラス共々『死刑はない』と主張させるほどだった。

 

この背景には同情もあったであろうが、ジプシーが司法取引に応じた結果でもあった。また、ジプシーは通常刑務所に入ると体重は落ちるのだが、今までの生活が劣悪だった為刑務所に入ってから逆に6.4kgほど体重増加が確認されている。この事も世間が彼女を養護したくなる流れを作った。

 

しかし検察側もただ何もしなかったわけではなく、ニコラスについては計画的犯行であった事を考え、厳罰に処すように動いてはいた。ニコラスは精神疾患の自閉症スペクトラムと知能指数が82と診断された事もありそれらを考慮した判決がまたれた。

 

2017年12月にニコラスの裁判が翌年の11月と決定。裁判では検察は一年以上も計画をねった犯行と述べたが、弁護団は彼の自閉症を指摘し、あくまでもジプシーが犯行を計画し、愛ゆえに犯行に加担したと主張。

 

次に検察はニコラスとジプシーのメッセンジャーのやり取りを持ち出し、そこでディーディーの寝入る時間などや部屋の位置を尋ねる記述を証拠として上げた。

 

裁判3日目にジプシーが証言台に上がった。確かにジプシーは母親の支配から逃れるために殺害計画をニコラスに提案していたが、ニコラスとの子供ができればディーディーも彼を認め受け入れる様になるだろうと考えていた。(だから肉体関係をむすんでいた)

 

この考えはニコラスには知らされてはいなかった。

 

4日目事件は陪審員に委ねられ、ニコラスを無罪にするか、第一級・二級・故意ではない過失致死で有罪にするかで話し合われた。約2時間の審議の後、ニコラスは第一級殺人と武装犯罪行為で有罪となった。

 

2019年2月に検察側が死刑の求刑を取り下げ、殺人罪の終身刑が言い渡された。

 

これにより現在ジプシーは懲役10年の刑にふくし、ニコラスは終身刑となる。皮肉なことだが、ジプシーにとっては刑務所の中の方が母親と暮らすより自由であるという。理由は『普通の女性のように生きる事がゆるされるから』。

まとめ

以上がディーディー・ブランチャード殺害事件についてです。さて、誰が悪いんでしょうね?ニッチマン的にはもう母親のディーディー以外にないんですが・・・・ここまで人生を拗じられたジプシーには同情の念がわきます。

 

違法に搾取した医療費などのお金が渡った事で許せないと感じる人もいるでしょう。調べた中ではジプシーは被害者だったと思います。ニコラスについては、、、巻き込まれた感が強い。愛ゆえに・・・で済む美談ではないですね。なんとももやるお話ですが以上となります。