スポンサードリンク
ゲイリースティーブンクリストはバーバラ誘拐生き埋め犯!経歴や生い立ちに今現在は?
スポンサーリンク

こんちは、ニッチマンです。

古今東西、一定数の天才は凡人が思いもよら

ない事にその能力を使います。

 

事犯罪においては、それは脅威になりえます。

もっとええことに使ってほしいですが。。。

 

さて、ワールド極限ミステリーでかなりヤバイ

事をした天才が紹介されます。

 

資産430億円の大富豪令嬢を誘拐!少女は森に生き埋め83時間…迫る命のタイムリミット!天才科学者が作った生き埋め道具とは

ハイ、フツーじゃないです。ミイラ作る気でしょ

うか?生き埋めって。。。常人には理解しがたい

この行動を起こした人物について経歴や生い立ち

に今現在について調べてみました。

スポンサーリンク

ゲイリースティーブンクリストは大富豪の娘バーバラを誘拐し生き埋めた犯人

この男の名は『ゲイリー・スティーブン・クリスト』

 

彼が今回の放送でも紹介された資産430億円

を誇る大富豪の娘バーバラを誘拐して生き埋め

にした犯人。

 

とりあえずその事件について説明します。

大富豪の娘バーバラマックルを誘拐、生き埋めに。

1968年の12月17日、当時20歳だった

バーバラはインフルエンザに苦しんでいました。

 

ルームメイトへの感染を考慮して彼女は郊外の

モーテルにて療養していました。

 

彼女の看病をする為に母親が出向きモーテルにて

娘の看病をしている状況だったそうです。

 

そうして療養している最中、ゲイリーが彼女に訪れ

ました。

 

もちろん彼との面識はなく、信用されるためにゲイ

リーは一芝居うっていたのです。

 

ゲイリーは警察官になりすまし、バーバラの彼氏が

交通事故にあったことを伝えます。

 

この時、共犯者のルースアイズマンシアーという

女性が一緒でした。彼女は男装をしており、ゲイリ

ーと共に警戒が緩んだバーバラ親子を捕縛。

 

バーバラだけを車に乗せ、グウィネット群の

サウスバークレーレイクロードから少し離れた

松林の中にある小屋へと連れていき、そこで

グラスファイバーで補強した箱にバーバラをいれ

て生き埋めにします。

身代金の要求から逮捕まで

その後、不動産で成功しているバーバラの父

に身代金を50万ドル。現在の価値に直すと

約350万ドル相当を要求。

 

身代金の受け渡し時に逮捕を試みますが一回目

は受け渡しに失敗。

 

その後逃走に使用した車を発見し、所有者と

思われる『ジョージディーコン』という男と

警察官の帽子をかぶった男の写真を車内で

発見。

 

これをもとに所有者の身元を調べ上げ、

マイアミ大学にいたことを突き止めます。

 

ここからさらに人間関係をしらべると、

ルース・アイズマン・シアーに行きつきます。

 

さらに情報を探すとジョージディーコンから

車を購入したという人物と接触。ここでその

車から直筆のファイルを発見します。

 

FBIはジョージディーコンが過去に犯罪

を犯していないかしらべあげ、その途中で

1966年にカリフォルニア刑務所から脱走

したゲイリーではないか?と推察。

 

車から見つかったファイルと刑務所にあった

ゲイリーの手紙を照らし合わせ、二人が同一

人物であると判断。

 

その後、ゲイリーは電話オペレーターを通じ

バーバラを埋めた場所の大方の位置を指示。

 

FBIの100名以上のエージェントの捜索の結果

無事に衰弱はしているもののバーバラは発見

されました。

 

そのあとすぐにゲイリーとアイスマンは逮捕

されています。

スポンサーリンク

ゲイリー・スティーブン・クリストの経歴や生い立ち。同性愛者だった?

ゲイリーは1945年4月29日生まれで

出身はアラスカ州のペリカン。

 

幼少期はユタ州にて育っていたそうです。

あまり家は裕福ではなかったのではないか?

と推測されます。

 

彼は若い頃から犯罪に手を染めており、初めて

記録された犯罪は14歳の頃に犯した強盗。

 

16歳の時にはユタ州立の工業高校へ一年間だけ

通っていたそうです。

 

その当時も車の窃盗をしていたそうで逮捕歴が

1961年の6月と7月に記録されています。

 

その後、カリフォルニア州のトレーシーにある

州職業学校に通うも、再びオークランド付近で

2件の窃盗有罪判決を受け、1964年に釈放の2年後

の1966年にカリフォルニア州にて自動車泥棒など

の罪で刑務所に入れられますが同年11月に

脱走しています。

 

そのわずか2年後に今回の事件を起こしています。

 

逮捕後、模範囚としてわずか10年で仮釈放。

医学部へ通うために恩赦されたそうですが

その理由は不明。

 

その後、彼は2003年に医師免許に取り消される

まで医者として活動をしていました。

 

ライセンスはく奪の理由は研修時代の

懲戒処分を開示しなかったこととのこと。

 

そして医者として生きられなくなった彼は

再び犯罪に手を染めていきます。

 

2006年3月にアラバマ沖のヨットで

約100万ドル相当のコカイン所持と

不法滞在者4人を密入国(人身売買?)

させたことで逮捕。

 

この時は5年5カ月の懲役刑となり、2010年

に保護監察下での釈放されています。

 

さらにそのあと、釈放後の保護観察中に許可なく

国をはなれヨットにてキューバや南アメリカ

へ行った為に釈放取り消し処分を受け、

2012年より40カ月の禁固刑をうけています。

 

また彼の経歴を調べているとこの事件以外にも

複数の殺人に関与しており、同性愛者だったと

の記述も見られます。

 

そのほとんどが上記の収監中の自白によるもの

だそうで看守を驚かせたとありました。

ゲイリーの現在は?2P目に続きます!

↓↓↓

おすすめの記事