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パンナム航空73便ハイジャック事件乗客379名の命を救ったチーフパーサーニーラ・バノット
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こんちはニッチマンです。

 

ワールド極限ミステリー、以前の北朝鮮兵士と女優のラブロマンス、すごかったですね。アレンジが。実は今回放送される内容の22歳美人スチュワーデスのお話も相当アレンジされている疑惑がでるかもしれません。

 

放送前に執筆してるので、番組予告のヒントから該当事件を調べているんですけど、多分これという事件を発見したのでご紹介します。もし違う事件ならごめんね。

 

Yahooテレビ欄や番組公式HPでの予告は以下のようになっています。

自らを犠牲に…乗客379人を救う涙の脱出 ハイジャック発生!自爆テロの危機で9時間監禁・・・379人の乗員乗客を脱出させるため美人CAがとった衝撃の脱出計画とは! 引用 Yahooテレビ欄

 

▼ハイジャック発生!若き女性CAの大胆な脱出計画
パキスタンの空港をアメリカに向けて飛び立とうとしていたジャンボ機がハイジャックされた!犯人は自爆テロリストだった!テロリストと政府の交渉は難航し、乗客・乗員は9時間も機内に監禁されたまま…
緊迫する機内で乗客・乗員379人の命を守るためたった一人立ち向かう若きチーフパーサーのニーナ。乗客・乗員379人を脱出させるためニーナがとった衝撃の計画とは!?引用:番組TBSHP

 

それでは早速該当するであろう実際に起きた事件についてご紹介します。

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1986年9月5日パンアメリカン(パンナム)航空73便ハイジャック事件

パキスタンのカラチ空港で1986年に起きたハイジャック事件。先に申し上げて置くと、22歳の勇敢なチーフパーサーの活躍などで解決出来るレベルの事件ではない。地上で起きた航空機ハイジャック史上歴史にのこる数の死傷者をだしている忘れてはいけない事件。

カラチ空港で起きた青い服の整備員の銃撃

1986年の9月5日にカラチ空港で駐機していたパンアメリカン航空73便、乗員19名乗客360名、計379名が乗っていた旅客機で起きた悲惨なハイジャック事件です。

 

事件の発端はインドのムンバイからドイツ経由でニューヨークに向かう予定のフライトで離陸準備中に起きた。

 

駐機中の73便に青い整備員の制服姿をした男たちがライトバンに乗り、駐機中の73便に接近。その時、73便は乗客を乗せている最中であった。その男たちこそ、この事件の犯人達。彼らの目的は刑務所に収監されている同胞を開放する事だった。その為に多くの人を人質とした暴挙にでる。

 

彼らの手には重火器が装備されており、アサルトライフル、ピストル、プラスチック爆弾、手榴弾などで武装されていた。彼らは乗客が利用する階段の一つを使用機内に乗り込み、自動小銃を発砲し飛行機の支配権を奪いハイジャックを開始。しかし飛行機が飛び立つことはなかった。

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パイロットが脱出。犯人との交渉

そうなのである。なんとパイロットは乗客やCAを置いてコクピットハッチから脱出。空港ビルの中へ避難したのだ。しかしこれは予めマニュアル化された対ハイジャック犯用の動きであり、乗務員はハイジャックが起きた時可能な場合はパイロットに危険を通知するように訓練されていた。

 

その後、犯人グループとの交渉となり犯人は飛行機を操縦できるパイロットとキプロスのラルカナへ飛ぶように要求。これは既に述べているが、彼らの目的である同胞の開放の為。もしこの要求を退けるのなら乗員乗客をすべて殺すと宣言した。

最初の犠牲者

航空機の支配権を奪ってすぐにハイジャック犯達は客室乗務員に乗客のパスポートを回収するように命令。乗務員たちはこれを受けて回収します。

 

犯人の要求するパイロットの準備が遅れ(もっとも要求を飲む気はなかったとおもわれるが)それに腹を立てた犯人は客室を歩き、乗客に国籍を訪ねた。そしてターゲットにされたのがアメリカ国籍を最近とったという元インド人のラジェッシュ・クマールという人物。

 

次の15分で動きがなければクマールを撃つと宣言。その後、彼の命は奪われることになる。クマールを射殺した犯人は更に恐ろしい行動を取るようになります。

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日暮れと共に自爆テロへ

犯人との交渉は長時間に及び、パイロットの準備は遅れると犯人に通達。パキスタン政府も突入の準備はしていたが、犯人グループからの爆弾所持の警告受けており踏み切れずにいました。犯人は深夜の12時を最終期限に設定します。

 

しかし犯人グループの焦りは徐々にまして行き、日が沈み辺りに夜の帳がおり始めるとついに行動にでました。この時、既に航空機の電源は落ちかけており、機内の温度は上昇。蒸し風呂のような状態であったといいます。

 

電源が落ちると空調は止まり、狭い空間に400人近い人間がいるのですから当然酸欠になり意識は朦朧としてきます。その最中、事件発生から16時間後の9時55分、ついに電源の限界が来ます。

 

航空機のライトがちらつきはじめました。犯人グループはパキスタン政府の突入と思い、乗客を機体の中央付近に集めました。ハイジャックのリーダーの合図でアラブの殉教の祈りが彼らの口から流れ、終わった瞬間、彼らは乗客に向けて重火器の発砲を開始します。

 

手榴弾を投げ込み、自動小銃の雨を降らせ、機内はパニックに陥りました。犯人は一人でも多く道連れにしようとしていたのです。この時、勇気ある一部の乗客と客室乗務員が退路を確保し主翼近くのドアを開けます。

 

もちろんこの時に安全におりれる準備がされているわけではなく、機外へでた人々は飛行機の翼に乗ってそこから飛び降りるのを余儀なくされます。

 

機内のパニックにより同士討ちを避ける為、突入は最初の発砲から15分後の事だったそうです。

 

この事件により死者は21名、負傷者は100人を超えていた(死者数は若干情報ソースにより開きあり)

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パンアメリカン航空73便ハイジャック事件の犯人は?

この時のハイジャック犯は実行犯が4人、計画幇助が一人と全員逮捕されている。犯人で素性が確認できたのはリーダーのザイド・ハッサン・アブド・ラティフ・サファリニ。彼はこの事件において殺人・ハイジャック、航空機の破壊などの罪で起訴されますが死刑にはなっていません。おそらく司法取引でテロ組織の情報と引き換えにしたのでは?とおもわれます。彼はANOとよばれるアブ二ダル組織のメンバーでした。

死刑こそなっていませんが実質終身刑の懲役160年の禁固刑がかけられました。