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こんちは、ニッチマンです。

グランメゾン東京人気でミシュランの星

について興味がある人も増えたのではないで

しょうか?

 

このミシュランの星、巷ではいろいろ言われ

ていますが、やはりいまだに料理界では最大

の権威あるガイドブックなんです。

 

しかし今から20年ほど前はよりその影響力

が強かったのは確実でしょう。

 

この当時は今のフレンチの土台をつくった

巨匠が切磋琢磨した時期。

 

まさに戦国時代だったのです。

そんな中ミシュランの星の魔力にとらわれ

自らの命を絶ったシェフがいるのをご存じ

でしょうか?今回は彼について調べて

みました。

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ベルナールロワゾ―の経歴は?

ベルナールロワゾ―、この名前を聞いてピン

と来るのは間違いなく飲食関係者かよっぽど

のグルメでしょう。

 

2003年2月に彼の死は急に報じられま

した。その翌月の料理雑誌に彼の死を悼む

記事が載っていたのを覚えています。

 

彼がなぜ死んだのか?経歴をみて行きます。

ベルナールロワゾ―の生まれや育ちは?

彼は1951年にピュイ・ド・ドームにある

クレルモン・フェランに生まれます。

 

この町は実はミシュラン本社があることでも

有名。生まれ故郷にミシュランがあるのも

数奇な運命を感じさせます。

 

3人兄弟の末っ子で、勉強はあまり好きでは

なかったようです。しかし頭が悪いわけではなく

興味のないものには集中できない人物であった

と思います。

 

両親の勧めで親戚の製菓店へ奉公にでたのが

料理道の始まりでした。

 

その後本格的な料理の修業にロアンヌの

三ツ星『トロワグロ』へ入ります。

 

このトロワグロ、あのポールボキューズ

と比肩する名店で知らないフレンチシェフは

いないと思います。

 

トロワグロを1971年に退店、その後一年の

兵役につき食事担当として従事します。

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料理人としての独立

兵役ののちに知り合った実業家クロード

ヴェルジェの元、シェフとして活躍。

 

1974年のゴー・ミヨにて20点満点中

15点の評価を得る。

 

ゴーミヨは20点満点であるが、記憶する

中では実質の満点は19.5点となっている。

その理由は満点はあり得ないというある意味

ストイックなものだった。

星をはく奪された店を3つ星に

そうそうにゴーミヨで高得点を得たロワゾ―は

瞬く間に注目を集める若手のスターになる。

 

その後、1975年にブルゴーニュのソーリュー

のレストラン『ラ・コート・ドール』をヴェルジェ

が買収。

 

この店はかつて三ツ星であったがオーナーシェフ

引退後星を落としていた。その後買収に合わせて

シェフが辞めてしまい、星をはく奪された経緯を

持つ店だった。

 

ロワゾ―はこの店を一から盛り返し

77年で1つ星81年に2つ星を獲得。

 

85年のゴーミヨでは19.5の最高点を

マーク。

 

しかしその後、中々星が上がらずロワゾ―は

自身の料理を見直すべく店を休業して食材を

探す旅に出る、その後は300万ドルの巨費を

投じ、レストランの拡張工事をして料理やロケ

―ションの質を高め、ついに1991年に

三ツ星に君臨する。

 

全盛期にはレジオンドヌール勲章シュバリエ

や大統領や俳優もこぞって彼の店を訪れ、賞賛

していた。そしてパリの証券取引所第2部に上場

するなど飲食店としては異例の業績を誇っていた。

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3つ星の重圧と死因

しかし星を維持するのは並大抵のことでは

なかった。

 

次々と次代の新星が現れ、自分の地位を脅かす

恐怖。

 

その恐怖は現実のものとなる。ミシュランにせよ

ゴーミヨにせよ、絶対評価と思われてはいるが

その実、ある程度は相対評価になる。

 

基準となる味というものは評価には存在しており

下が持ち上がれば上は安心できなくなるのだ。

 

徐々に彼の名声に陰りが見え始めついに2003年

19点の評価を得ていたゴーミヨが17点に点数を

落としたのだ。

 

これ以前からすでに彼はうつ病を患っており、強度

の不安に押しつぶされそうな毎日を送っていた。

 

ゴーミヨの評価からわずかなときを経て、ベルナール

ロワゾ―は自宅にて猟銃自殺を図りこの世を去ること

になる。

 

この事件についてゴーミヨはシェフは生前に

自身の評価の下落をすでに把握しており新た

な挑戦に向けて意欲を示していたと発表。

 

自殺の直接的な原因は不明とされているが

おおむね大勢の考えは星を落とす恐怖による

うつ病からの自傷行為であったと思われている。

ベルナールロワゾ―の料理とは?

彼の料理の代名詞といえるのは『水』。

そうなんです。ベルナールロワゾ―が当時革新

的だったのがクリームやバターからの脱却。

 

それまでのフレンチは油脂を多く使い、コクを

だし重厚な味付けのものがほとんどでした。

 

そこに登場したベルナールロワゾ―のフライパン

などに残ったうまみを水で溶き落したジュースを

ソースにする料理。

 

軽やかな中にも素材から出たうまみを元に

戻すことにより素材の味を生かす調理法は

持てはやされました。

 

この方法には某巨匠も川の流れをみて

『ロワゾ―、君のソースが流れてるよ』

と皮肉ったとかしないとか。。

 

たしか某巨匠の自著伝にそんな話が

あった気がするんですけど記憶違い

かもしれません。

日本でベルナールロワゾ―に関するレストラン

最後にロワゾ―にかかわる日本のレストランを

一部紹介します。

山口浩シェフの店

『エ・オ・ベルナール・ロワゾ―・スィニャチュール』

 

ベルナールロワゾ―に師事した日本人シェフ

で神戸北野ホテルにて『世界最高の朝食』を

ロワゾ―氏に出すことを唯一認められた人物。

 

現在は大阪あべのにて上記のレストランを経営中。

水の料理人といわれていたロワゾ―氏の

教えの通り、軽いライトな仕立ての料理が

魅力的。

 

野菜で濃度をつけるなど当時としては

斬新なアイデアで革命を起こしてきた

山口シェフの料理もぜひ一度味わって

見てはいかがでしょうか?

エ・オ<ベルナール・ロワゾー・スィニャテュール>
あべのハルカスダイニング14F大阪市阿倍野区阿倍野筋1丁目1-43
TEL.050-3188-6646

あとがき

なにも星なくすから死ぬなんて。。。。

と一般の人は思いますよね。ニッチマンもそうです。

 

しかしそれだけ彼らは本気で星を狙っていた

星にはそれだけの重さがあったってことなんで

しょうね。

 

ドラマグランメゾン東京でもキムタク演じる尾花

夏樹が『命かけろよ!』と叱責する場面が度々

放送されていますが、ロワゾ―氏の人生をみると

命を懸けていたんだなと思います。

 

彼が生み出した今までのフレンチの『濃く凝縮する』

工程を否定した焼き汁を水で伸ばした『jus』

だけで勝負するスタイル。

 

現在の軽やかなフレンチの走りでもあります。

そこに至るまでの苦悩想像するたるや、また

そこから落ちてしまうことを考えるとどうしよう

もなかったのかも。。。と思ってしまいます。

 

頂点をとったものの孤独を垣間見た感じですね

というわけでロワゾ―氏についてあれこれ調べて

みました。ほなまたの~。

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